紅葉の七里川渓谷と阿久留王の墓


千葉県自然保護連合 中山敏則



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 2021年11月末、紅葉に彩られた七里川渓谷を訪れた。この渓谷は追原ダム建設計画の中止によって水没の危機を免れた。訪れたのは県自然保護連合や追原を歩く会のメンバーなど。渓谷に向かう途中で阿久留王(あくるおう)の墓参りもした。


豊かな自然と渓谷美

 一行は、追原を歩く会の北澤さんと上杉さん、そして山下さん、大西さん、私の5人である。

 七里川渓谷は県内随一の豊かな自然環境や渓谷美を誇る。自然の宝庫であり、県民の宝である。君津市の南東端に位置し、東京湾に注ぐ小櫃川の源流部である。
 七里川渓谷は追原ダム建設反対運動によって水没を免れた。追原を歩く会はこの運動で大活躍した。

 この日は紅葉が渓谷美に色を添えていた。一行は、運動によって守られた絶景を堪能した。
 昼食は七里川温泉の囲炉裏(いろり)である。日帰り入浴も楽しんだ。七里川温泉は渓谷の入り口にある。温泉は、大浴場も露天風呂も源泉かけ流しだ。泉質は、千葉県では希少な硫黄泉である。
 昼食は、鮎の塩焼きや金目開き、房総豚みそ漬け、焼きおにぎりなど40種類のうちから選ぶことができる。


ヤマト征討軍と戦った阿久留王

 渓谷に向かう途中で阿久留王の墓(胴塚)に線香をあげた。胴塚は鹿野山神野寺の寺領にある。林の中だ。阿久留王の胴体が埋葬され、毎月13日に法要が営まれている。

 阿久留王は伝説上の人物である。その昔、阿久留王は君津市や富津市など上総(かずさ)地域で暮らす縄文系住民の王だった。東国征服をめざすヤマト王権の軍と激しく戦い、滅ぼされた。阿久留王は八つ裂きにされた。

 『古事記』は日本最古の書物とされる。同書は、ヤマト王権に服従しない人びとを「まつろわぬ民」としている。阿久留王たちは「まつろわぬ民」として征討軍と果敢に戦ったのである。

 阿久留王たちを征討したヤマト王権のねらいは、先住民の征服だけでなく、製鉄技術などの奪取もあったという。阿久留王は「製鉄部族の王」でもあった。「製鉄の祖」を供養するため、地元君津市の製鉄関連会社のみなさんは阿久留王の法要に毎回20人近くが参列している。

 ヤマト王権の支配に抵抗する勢力は「鬼」や「大蛇」「土蜘蛛」などと蔑称された。阿久留王も鬼とされた。征討軍に敗れた阿久留王は鹿野山に連なる山で泪(なみだ)を流したとされる。そのため、その山は鬼泪山(きなだやま)と名づけられた。


鬼泪山の山砂採取を阻止

 2008年、鬼泪山国有林から山砂を採取する計画がもちあがった。地元の山砂採取業者でつくる「きなだ国有林同業会」が同国有林からの山砂採取を求める請願を千葉県議会に提出した。この請願が自民・公明の賛成多数で採択されたのである。

 鬼泪山は鹿野山の東京湾側に位置する。「マザー牧場」もある。鬼泪山の隣にあった浅間山(せんげん)は山砂採取によってなくなってしまった。

 鬼泪山国有林の山砂採取計画は、鬼泪山から1億立方メートル(東京ドーム約80個分)の山砂を取ることになっていた。マザー牧場のすぐそばまで鬼泪山を削り取るというものである。

 地元で山砂採取に反対する運動が起こった。富津市や君津市などの住民は「富津市の水源を守れ」「これ以上の環境・景観破壊は許さない」と、「鬼泪山を守る市民の会」を結成した。結成集会には80人が参加した。山砂採取をやめさせるためさまざまな運動をくりひろげることを決めた。市長・知事・林野庁への要請のほか、反対世論を高めるための宣伝や署名集めなどである。「世論を味方につければ鬼泪山を守ることができる」と誓いあった。

 鬼泪山での山砂採取の認可を受けるには、「県土石砂採取対策審議会」(土石審)から採取容認の答申を得ることが必要である。土石審は、委員15人のうち採取推進派が過半数を占める。自民党県議4人、山砂採取関係業界3人、業界団体2人である。「市民の会」は土石審の委員にたいする働きかけや土石審の傍聴をくりかえした。県の担当部署との交渉もつづけた。世論を味方につけながらである。こうした運動が功を奏した。土石審の会長は、鬼泪山からの山砂採取に否定的な見解を示す報告書を県知事に提出した。県知事は山砂採取を不認可にした。鬼泪山は「まつろわぬ民」の末裔(まつえい)たちによって守られたのである。

 この運動には、千葉県勤労者山岳連盟に加盟する「ふわくハイキングサークル」のメンバーも参加した。メンバーの北澤真理子さんや上杉章子さんは、ヤマト王権と果敢に戦った阿久留王の伝説を題材に短歌をつくり、運動に貢献した。

 2021年10月8日、『カムイ伝』などを手がけた漫画家の白土三平さんが亡くなった。白土さんは富津市に住んでいた。彼の作品『鬼泪』(小学館文庫)にも鬼泪山がでてくる。鬼泪山のふもとで生まれ育った若者が主人公である。白土さんは自然保護の大切さを訴えていた。この漫画でも、鬼泪山の杉を大量に伐採したため、集中豪雨によって10軒ほどの家が地の下へ埋まった、などとしている。
(2021年12月)










紅葉に彩られた七里川渓谷(君津市)で=2021年11月30日



七里川渓谷の紅葉風景



七里川温泉のいろりで昼食



阿久留王の墓(胴塚)に線香をあげる。伝説によれば、阿久留王はヤマト王権の支配に服従しない
「まつろわぬ民」(『古事記』)として征討軍と果敢に戦い、八つ裂きにされた。ここには彼の
胴体が埋葬されている。前方の盛りあがった所が胴塚。毎月13日に法要が営まれている=君津市




阿久留王の胴塚では毎月13日に法要が営まれている。12月13日は20人が参列。上杉さんと中山も
参列した。阿久留王は「製鉄部族の王」でもあった。「製鉄の祖」を供養するため、地元君津市
の製鉄関連会社のみなさんはこの法要に毎回20人近くが参列している=2021年12月13日



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