鈴木郁子著
『八ッ場ダム〜足で歩いた現地ルポ』
『自然通信ちば』編集部
・著 者:鈴木郁子 ・書 名:八ッ場ダム 〜足で歩いた現地ルポ〜 ・発行所:明石書店 ・価 格:2300円+税
今月発売されたばかりの鈴木郁子著『八ッ場ダム──足で歩いた現地ルポ』(明石書店)を読みました。
著者の鈴木郁子さんは、八ッ場(やんば)ダムの建設予定地にひんぱんに足を運んでいます。そして、ダム計画に50年以上も翻弄(ほんろう)されつづけた現地住民の方と深く接し、住民の苦悩や怒りを肌に感じておられます。
著者は、そのように足を踏み入れて書いた現地ルポを地元の郷土誌などに書き続けてきました。この本は、そんな現地ルポの集大成ともなっています。
●住民をペテンにかけた国交省
この本には、現地に何度も足を運び、水没予定地住民たちと信頼関係をきづかなければ得られないような情報がたくさん盛り込まれています。また、八ッ場ダムの事業主体である国土交通省などが、現地住民にいかにヒドいことをしているかもよくわかります。
たとえばこうです。
国交省が現地住民に約束したのは「犠牲者の出ない八ッ場方式」でした。これは、ダム湖畔に村がそのままズリ上がるという「ズリ上がり方式」とよばれています。かつての村落共同体を維持できるという八ッ場ダム独自の「現地再建方式」であるとし、これが盛んに宣伝されてきました。
ところが、2001年6月に住民との間で補償基準の合意が成立すると、国交省はその約束を反故(ほご)です。補償交渉が成立する頃には代替地が完成するはずだったのに、代替地造成はいっこうに進みません。
しかし、個々の住民との補償交渉はどんどん進められていきます。代替地ができていないので、最初は土地に残ることを表明していた人々も金をもらって町からでていかざるをえず、住民の数はどんどん減っていきます。代替地をつくると金がかかるし、面倒なので、代替地ではなくよそへ行ってもらいたいというのが国交省の本音のようです。要するに、「犠牲者の出ない八ッ場方式」はペテンだったのです。
住民のなかからは、こんな声がでているそうです。
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「最初は反対だった私たちも、あの言葉を信じて村中そろって新しい場所で新しい家に住めるのならと、納得。賛成派に廻った経緯があったが、今ではだまされた感がする」
「こんなみじめなダムはない。はめられた」
●「国土交通省に約束を守らせる会」が発足
こうしたなかで、地権者有志によって「国土交通省に約束を守らせる会」がつくられました。その中には、ダムに翻弄されたSさんも加わっています。
Sさんは、2003年9月の「八ッ場ダムを考える現地交流会」で私たちに現地の実情などを話してくだった方々のひとりです。Sさんは、かつて八ッ場ダム反対闘争の最前線で闘いました。この本には、そんなSさんの信念や思い、さらには先祖伝来の土地に対する強い愛惜(あいせき)なども書かれています。
●公費のムダづかい、ゼネコンと政治家の癒着
本書は、ダム関連事業をめぐる公費のムダづかいや、ゼネコンと政治家の癒着などもとりあげられています。また、水没5地区のダム対策委員会から、旧建設省職員と群馬県職員にたいし、年度末の人事異動の際に、公金(ダム関連事業費)の中からお餞別が渡されていたことなども書かれています。餞別金は所長級が5〜7万円、課長級3万円、平職員1万円だそうです。
●マヤカシの“環境保全”事業
環境問題でも重要なことがふれられています。本当は大規模に自然環境を破壊しているのに、「環境に配慮している」という宣伝や、マヤカシの環境保全事業が巨費を投じてすすめられていることです。
たとえば、「ホタルの引っ越し作戦」です。これは、ホタルが無数に生息している沢(立馬沢)を防災ダム工事でつぶし、その代替として、別の場所に金をかけて、石積み護岸で固めた水路をつくり、そこにホタルを引っ越しさせるというものです。
また、「エコスタック」という名の生き物のすみかづくりも進められています。これは、山の木を根こそぎ伐採するために、動植物は生息地を奪われてしまう。そこで、建設廃材などを利用して、生き物のすみかをつくってあげようというものです。
私たちも、今年(2004年)5月の現地エコツアーの際、廃材を積み重ねた“人工のすみか”を見せてもらいました。これを考え出した担当者に、「オイオイ、正気かい」と聞きたくなりました。
そんな“環境配慮”の結果、じっさいはどうなっているかというと、立馬沢のホタルは工事で激減です。一方、引っ越し先水路のホタル復元は、当然ながら未定状態です。
「エコスタック」もうまくいっている気配がありません。著者はこう書いています。
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「2002年頃よりは、『ホタルの引っ越し大作戦』『エコスタック』などの環境政策用語が盛んにパネル板に浮上してきた。展示だけでなく、関係パンフにもことごとく掲載され出した。見る都度『何か違っているぞ』と素直に飲み下しきれないわだかまりを覚えてきた。実際に現場に足を踏み入れ、現実を見るたびに、本末転倒の論理に思えてならなかった」
「果たして動物の習性として、不自然に作られたすみかに安易に住むだろうか」
「脱ダム、緑のダム構想が進む中、本末転倒の当たり前のことを不思議に思わないのだろうか」
「総額8800億円の大金が意味なく、税金から支払われるのであるから、見過ごすわけにはいかない」
●一部の環境団体もダム建設に協力
環境問題という点では、環境団体が八ッ場ダム事業に協力し、行政から多額のカネをもらっていることも見過ごせません。たとえば、日本生態系協会は、次のような業務(ダムをつくるための業務)を引き受けています。
・八ッ場ダム周辺環境保全検討業務(1999年) 2435万円 ・折の沢ビオトープ計画生態系調査(2001年) 2300万円 ・八ッ場ダム周辺保全対策検討業務(2003年) 5680万円このほか、天下り財団の「財団法人 ダム水源地環境整備センター」は、さまざまな環境調査を手がけ、莫大な金を手にしています。
著者は、こうしたことをくわしく紹介し、次のように述べています。
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「自然を伐採、コンクリートを用いて生態系を壊す、その促進側として手伝いをしておいて、今度はまるで『良いことしています』的に、調査だ、提言だと『環境』面の新たな金儲けを考え出す。未開発の環境分野への進出成功と相なって、なんとも腹が立つ」
同書は、八ッ場ダム計画そのものの問題点もとりあげていて、八ッ場ダム問題の全貌がわかる本です。公共事業や環境問題に関心にある人だけでなく、ダム事業費を負担する首都圏住民にもぜひ読んでほしい一冊です。
(2004年12月)
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