★大規模開発の実態をみる


写真でみる幕張新都心の実際


開発問題研究会/1998年3月



トップページにもどります
「開発と行財政」にもどります


幕張新都心の略図








稼働率が低迷している幕張メッセ


幕張新都心の中核施設として位置づけられている幕張メッセ。「沼田城」ともよばれている。
10年前に330億円を費やして建設して以降、稼働率(実際に施設が使われた割合)は低迷しており、
赤字が累積している。
にもかかわず、県は1997年、さらに220億円を投入して第二メッセ(新展示場)を建設した。
メッセの運営赤字の穴埋めのために、これまでに県と千葉市がつぎこんだ税金は、県が約100億円、
千葉市が約40億円となっているが、この赤字補てんは増える一方である。
県は、メッセの稼働率を上げるために、国際スポーツ大会などのイベントを頻繁(ひんぱん)に開いている。
こうした経費などを含めれば、メッセへの県費投入は巨額になる。






幕張メッセの新展示場(第二メッセ)


県は1997年、メッセの稼働率が低迷して赤字が累積する中、県民の批判を無視し、
220億円を投入して第二メッセを建設した。
この新展示場は、「建物ではなく、橋梁に近い」と言われているように、
鉄をふんだんに使った施設となっている。
ここで使われた鉄はすべて新日鉄製といわれている。






人がほとんど通らない遊歩道「メッセモール」


幕張メッセから駅に向かう途中につくられた“メッセモール”。
ライトアップできる噴水、花壇、モニュメントなどに彩られた豪華な遊歩道で、建設費は38億円。
しかし、駅に向かうのに遠回りとなって不便なため、この遊歩道を利用する人はほとんどいない。
96年8月28日付けの産経新聞は、「通行人の姿がない。『ほとんど通らない』といった方が正解か」と書いているが、
こうした状況は今も変わらない。あまり人が通らないので、メッセでのイベント終了後、
会場出口で「駅まではメッセモールを通って帰ってください」というアナウンスまでしたこともあったという。
つまり、県は、人が通りそうもないところに豪華な遊歩道をつくったのである。
幕張新都心のあちこちでみられる無駄な施設のひとつでもある。






空き室が目立つ「幕張テクノガーデン」

テクノガーデン
比較的早く建設されたオフィスビル「幕張テクノガーデン」。
ここ数年、企業の撤退が相次ぎ、空き室がめだっている。
また、テナントが入らなくて四苦八苦している。






企業撤退が相次ぐ「ワールドビジネスガーデン」



幕張新都心のシンボルビルとなっている「ワールドビジネスガーデン」。
三井不動産、第一生命、鹿島が運営しているが、ここも「幕張テクノガーデン」と同じような状況で、
企業の撤退が相次いでいる。
たとえば4社入っていた証券会社は、すべて出ていってしまった。






多額の維持費がかかる歩道橋


JR海浜幕張駅からメッセに向かう際に通る歩道橋。
立派なエスカレーターや屋根、照明灯がついている。
一つの歩道橋だけで年間1000万円以上も維持費がかかっているといわれている。






建設費1億円の公衆便所


新都心内の公衆便所。
ほかのどの地域でもみられないような立派なものである。
公衆便所の建設費は、普通は2000万円以下だが、ここは約1億円もする。






1本1000万円もする照明灯

照明灯

照明灯
道路に設置されている照明灯。
この照明灯の値段は、1基(本)で1000万円もする。
県内のほかの地域の照明灯は既製品なので1基100万円以下だが、
ここはすべて特別注文でつくったので、10倍以上も高い。
幕張新都心内には、こうした超高価な照明灯が、道路や公園など、
いたるところに約1000本も設置されている。
当然のことながら、特別注文だから、維持管理費も通常の10倍以上である。






千葉市が引き取らない道路

新都心内の道路
県企業庁は、新都心内の道路を千葉市に市道として引き取ってもらおうとしているが、
どれも豪華すぎて、あまりにも維持費がかかるため、千葉市は引き取ろうとしない。
だから、新都心内の道路は、大半が、市道でも県道でもなく、県企業庁所有の「私道」となっている。






経営に四苦八苦のホテル群


新都心内のホテル群。
幕張の発展をあてこんで6つオープンしたが、集客はかんばしくなく、
客室稼働率が予定の3割以下というホテルもある。
ちなみに、6つのうち、ホテル・ザ・マンハッタンは、
ついに98年、経営がゆきづまり、経営権を他社に移譲した。






破格の優遇措置を受けた幕張プリンスホテル

幕張プリンスホテル
海浜幕張駅の海側にそびえ立つ幕張プリンスホテル。
県企業庁は1987年、この用地(元県有地)を格安で西武に払い下げた。
値段は、1平方メートルあたり約18万円である。
この価格は、ほかのホテルや事業所ビルよりもかなり安いものだった。
そのため、1987年7月8日の県議会(常任委員会)で、社会党の議員が
「平方メートルあたり17万8125円の価格は安すぎるのではないか」(朝日新聞、1987.7.9)と県を追及した。
おまけに、西武は土地代金を5年間払わなくてもよいという優遇措置を受けた。
また、プリンスホテル用地として県が西武に土地を格安で売却した際、
「メッセと同時にホテルの開業をめざす」が条件となっていた。ところが実際には、
メッセが開業してもホテルはできなかった。“メッセのオープンにあわせてホテルを開業しても、
客はあまり入らない”とみた西武が、自社の採算を第一とし、県との約束を破ってホテルの開業を4年も延期したからだった。
そのため、幕張メッセは「ホテルなどの宿泊施設を持たない世界的にも例のない“欠陥コンベンション施設”としてのデビュー」
(毎日新聞、88年5月13日)となった。本来は、県との約束を破った西武に対して何らかの制裁措置がとられるはずであった。
実際に、県企業庁内部では制裁措置を検討したという。しかし、堤義明氏と沼田知事のボス交によって、
何の制裁措置もとらないことになった。






いつもガラガラの「パルプラザ幕張」

パルプラザ幕張
県が「多くの人でにぎわい、人々の出会いの場となっています」などと宣伝しているパルプラザ幕張。
しかし、実際は大違いで、毎日のように閑古鳥が鳴いている。
マクドナルドなど2店はすでに撤退した。
そして、県にだまされて出店したラーメン店は、県に対する“怒りの貼り紙”を店の入り口に貼り出した。






ゴーストタウンと化した幕張新都心の夕暮れ

幕張新都心の夕暮れ
『週刊現代』1998年3月7日号に掲載された夕暮れの写真。
同誌はこう記している。
「幕張新都心の夕暮れは、まるでゴーストタウンのようだ。幕張メッセが完成した1989年頃までは、
バブルの波に乗って続々と企業が進出したが、ここ数年はビル建設の凍結や企業の撤退が相次いだ。
いまでは、空き地と明かりのつかないビルの窓ばかりが目立つ」






相変わらずのゴーストタウン

幕張新都心の夕暮れ
幕張新都心は今も相変わらすゴーストタウンです。
夕暮れは、ほとんど人気がありません。






メイン通り


幕張新都心のメイン通りもご覧のありさまです。
ぜひ一度、現地を見てください。







このページの頭にもどります
「開発と行財政」にもどります

トップページ | 三番瀬 | 産廃・残土 | ニュース | 自然・環境問題 | 房総の自然 |
環境保護団体 | 開発と行財政 | 催し物 | 自然保護連合紹介 | リンク集 |