〜 問われる「多様性」や「対話」の質 〜
プロジェクトとけ 川本 幸立
堂本県政が4月にスタートし、2001年6月定例県議会では補正予算の編成について審議されました。本稿では、千葉の環境行政について、
- 20世紀の後半50年間に破壊され汚染された自然環境の回復(再生)に向けた方策について
- 6月県議会で示された堂本県政の姿勢
- 県射撃場(市原市古敷谷)周辺鉛汚染問題が問いかける課題
- 以上を踏まえた堂本知事への3つの提言
1.深刻化する破壊と汚染。再生への3つの方策。
三方を海に囲まれた千葉は約51万haの面積を持ち、海岸線は523kmにおよびます。海流の影響を受け温暖な気候で、平均の標高も43mと全国(全国平均367m)で最も低く、その分、土地利用できる割合が多いといえます。この千葉の「原風景」として美しい遠浅の海岸線と干潟、そして里山・谷津田があげられます。
戦後の千葉の産業振興策の特徴は、国策を率先して導入してきたことです。その結果、高度経済成長時代、1950年前後よりの臨海部の埋立て(臨海工業地帯とベッドタウン)、1983年の千葉新産業三角構想で加速された内陸部の開発、さらには農業の「近代化」や過疎化などにより、「原風景」の破壊が進みました。浦安から富津に至る1万2000haの埋立てにより海岸線約76kmが消失し、干潟も三番瀬と盤洲の2箇所になり、それも今、消滅の危機にあります。林業、農業の衰退により里山・谷津田も人の手が入らなくなり、一部はゴルフ場や産業廃棄物・残土の処分場に姿を変えています。
一方、車排気ガス公害やゴミ焼却などによる大気汚染も深刻です。浮遊粒子状物質やベンゼン濃度は環境基準達成率は低く、発がん性や環境ホルモン作用も指摘される大気中のダイオキシン濃度も、ある市民団体の調査では環境基準にほぼ等しい値が観測されています。
その他、有害化学物質や化学肥料による地下水汚染も進行しています。
道路行政・車社会の見直し、資源循環型社会への転換が求められています。
こうした経過、要因から、半世紀にわたり破壊され汚染されてきた自然環境を回復する方策として、次の3点があげられます。
一つは、外部の企業を誘致して産業振興をはかる「外来型開発」から、地域の資源を活かしながら内の力で地域づくりを行う「内発的発展型」へ転換することです。
この50年間、千葉で行われてきた外来型開発による雇用波及効果や経済効果は小さく、逆に生活関連整備の遅れや農漁業の零細地場産業の衰退を引きおこしました。工業団地や住宅団地は空き地が目立ち、自治体財政も深刻な事態に陥っています。
二つ目は、開発か自然保護かの二者択一論ではなく、事業の決定にあたっては生物多様性の尊重を基本にすえ、十分な環境調査を基に科学的に判断することです。
三つ目は、対話型社会を実現することです。5期20年間の沼田県政下での県官僚と議会多数派の癒着の結果、インターネットの掲示板に内部告発されているように、議会で質問する項目も読み上げ原稿も県側が用意するのが慣例となっています。この間接「民主」主義ならぬ間接「専制」主義状態を打ち破るには、県民世論に依拠するしかありません。説明責任に基づく行政と県民との直接対話を推し進め、直接「対話型」民主主義を根づかせることが不可欠です。
2.堂本知事と6月定例県議会
●堂本知事は、生物多様性の保全や市民との対話の尊重をうたう
堂本氏はその著作でNGO、市民、生物多様性について論じています。その中からいくつかを拾い出してみましょう。
「建設する人とか、計画をたてる人たちがもっと地域性ということに、生物多様性のことに固執する必要があると思います。多様性というときに、遺伝子の多様性は目に見えない部分だけれども、大事なことです。種の多様性というのはいちばんわかりやすい。でももうひとつ、生態系の多様性、その地域を含めて保全していくことがいちばんいいわけです。」(『立ち上がる地球市民』河出書房新社、p.104、105)と、地域性、生物多様性に固執することの必要性を訴えています。
「環境先進県千葉をめざすためには、脱ダイオキシン=脱塩ビ社会を真剣に考えていかなければならない。」(『無党派革命』築地書館、p.215)
「自分の健康づくりができるのが自分自身でしかないように、自分の住む村、町、市、県をつくっていくのは、ほかの誰でもない県民、市民の一人ひとりだ。県政というのが人間の体だとしたら、それを動かし、健康づくりをしていくのも、県民自身である。県民の声を聞き、対話をし、人間の体のように血の通った県政が実現できたときに、千葉に花が咲くだろう。その『県民主権』という花を、私は全国の県民、市民と一緒に咲かせたい。」(同、p.217)と、環境先進県千葉をめざすこと、県民との対話性を確保することを明言しています。
こうした点から、前項であげた環境再生への3つの方策のうち、2つはクリアするかのように期待されました。
●6月定例県議会(補正予算)や三番瀬
──問われる「多様性」や「対話」の質
しかし6月定例議会では、常磐新線沿線開発(関連予算164億円)、第二東京湾岸道路、首都圏中央連絡自動車道、東京湾口道路(調査費1000万円、富津市と横須賀市を結ぶ第二東京湾横断道路)などの巨大開発を推進していく考えを表明しました。常磐新線沿線開発は1兆円規模の事業で、今や時代遅れとなった区画整理事業と道路、まったく採算性のない鉄道建設です。首都圏中央連絡自動車道は、21世紀委員会で無駄な公共事業ワースト10に入り、各地で環境及び生物多様性を大規模に破壊するものとして厳しい批判を浴びているものです。アクアラインは年間赤字額310億円という現状から、東京湾口道路計画など即刻中止の決断をすべきものです。
こうした知事の姿勢には、車社会、道路行政に対する見直しや生物多様性を第一義的に考えるとする視点が感じられません。
一方、三番瀬については、埋立て計画の「白紙撤回」を打ち出したものの、埋立て中止とは言っていません。著書での「地域の自然保護団体は、埋め立ては一切認めないというグループ、今の埋立て計画は認めないが、自然回復のためにはある程度の埋め立ても認めるという人たちと、大きく分けると二つの意見がある。」(『無党派革命』p.215)や「地域住民が親しめる里浜の再生」という言葉から、ひょっとすると埋め立てと自然回復は相反しないという視点の持ち主かとも思われますが、ここは生物多様性保全という視点を第一に科学的な判断が下されることを期待します。また、当初の「住民会議」が「シンポジウム」に変わったことも、堂本知事の言う「対話」の質が問われます。説明責任(責任:responsibility)に基づき対話性を確保するということは、すなわち行政と県民との間に十分な応答(response)関係をつくることであり、それは信頼関係につながらねばなりません。数回のシンポジウムは断じて対話ではありません。
3.市原の県射撃場周辺鉛汚染問題が問うもの
最近、マスコミをにぎわせ、堂本知事の「決断」が評価されている県射撃場問題で何が解決し何が未解決なのかを考えてみましょう。
この問題の一つは、県職員の内部告発によって汚染の事実が明らかになったことです。99年11月に汚染を検出してから、雑誌『週刊金曜日』の記事で表に出たのが、約1年半後の今年4月20日でした。この間、知事にも報告されませんでした。
問題の二つ目は県職員による意図的なデータ隠しや虚偽の報告がなされたことです。当初は環境基準の7倍の値が観測されたとしていましたが、実際は環境基準の70倍(水質汚濁防止法の7倍)もの数値が観測されていました。県内部で設置した検討会にもこの数値は隠蔽され、今年5月の記者会見ではじめて「参考値」として公表されました。「参考値」扱いする明確な根拠は一切示されていません。
三つめは、汚染の進行を放置したことです。7月15日にようやく一時全面中止となりましたが、実に汚染発覚後1年8カ月もかかったことになります。その間大量の鉛が周辺に蓄積されました。自然保護課は猟友会に遠慮して実質的には何の対策もとりませんでした。なお、自然保護課は簡易沈殿池を設置したことで対応したとしていますが、この沈殿池の図面はなく、費用は0円で、県職員が作ったものといいます。朝日新聞の記事でも、5個所のうち4つは土砂で埋まっていると報道しています。
さて、発覚後の堂本知事の対応はどうでしょうか。「環境の視点ですべての政策を見直していく」「県民には知る権利があるし、県には公開する責務がある」とし、飲み水という安全の問題を最優先して即断したという基本姿勢は率直に評価します。また、鉛汚染については知事が国会議員時代から取組んできた課題故にそうした対応ができたのでしょう。
一方、その後、閉鎖まで約3カ月かかっていること、地元住民など県民との対話がないこと(射撃場をめぐっては、鉛汚染以外に多数の問題が生じている)が気になります。私たちの対話を求める要望に対しても無回答でした。
さて、以上の点から、鉛汚染問題が示した県行政の課題としては、以下の点があげられます。
- 危機管理体制の強化──知事への迅速な報告、関連部門との協力体制の確立。
- 情報共有制度の充実──情報の隠蔽を許さない能動的な情報公開制度へ。
- 職員の責任と倫理の確立──隠蔽改ざん責任をとらせる。とりわけ当時の環境部長(現副知事)の責任を明確に。職員倫理条例の制定も。
- 県民との対話性の確保
- 膨大な撤去費用の負担の問題──汚染者負担原則の徹底。
4.堂本知事への3つの提言
以上を踏まえて若干繰り返しになりますが、堂本知事に次の3つのことを提言したいと思います。
まず、生物多様性保全という科学的判断を優先することです。
生物多様性保全とは、「様々な生物が相互の関係を保ちながら、本来の生息環境の中で繁殖を続けている状態を保全すること」です。とかく、開発問題は利害がからむ問題で、対立する双方の意見の調整という政治的取り引きや経済的振興策を優先しがちでした。 生物多様性保全についての第一人者を自認する堂本知事こそ、科学的判断を優先すべきです。そのためには時間を十分かけた調査と分析が必要です。
二つ目は、県民との対話(=説明責任と合意)性の確保とリーダーシップの発揮です。5期20年の沼田県政時代の県官僚は温存されており、議会多数派と県官僚の癒着という「何でもあり」の構図にも変更はありません。それに対抗するには、官僚人事に対するリーダーシップの発揮と直接「対話型」民主主義の徹底によって県民に依拠し世論を味方につける以外方法はありません。
三つ目は、1983年の千葉新産業三角構想を破棄し、「持続可能型」「循環型」「内発的発展型」「地域自立型」の地域振興策に転換することです。
私たち県民は傍観者であってはなりません。私たちも提言し批判し世論を作って行かねばなりません。堂本知事を孤立させず、批判的に励ますことが緊急に求められています。
(2001年8月)
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