釧路湿原自然再生全体構想(案)への疑問


原田吉彦


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 釧路湿原の自然再生事業を進めている「釧路湿原自然再生協議会」が「釧路湿原自然再生全体構想(案)」を作成し、2004年12月から2005年1月にかけて意見募集をおこなった。この構想にかんする疑問点をあげる。


●保護区域図をなぜ掲載しない

 「全体構想(案)」を読んで疑問に思うのは、釧路湿原の保護区域を明示した図がなぜ掲載されていないのか、ということである。
 「釧路湿原と釧路川流域の範囲」「自然再生の対象となる流域」「湿原の分布の変化」「流域の森林分布の変化」は掲載されている。しかし、釧路湿原の国立公園の区域図(特別保護地区、第一種特別地域、第二種特別地域、第三種特別地域、普通地域の保護区分を明示したもの)とラムサール条約の登録区域図が掲載されていない。また、湿原の面積は記載されているが、国立公園とラムサール条約登録区域の面積は書かれていない。


●保護規制区域の狭さが最大の問題

 全体構想(案)に書かれているように、釧路湿原は1980年にラムサール登録湿地に指定された。また、1987年に国立公園に指定された。
 しかし、ラムサール登録は湿原の中央部だけが指定された。その後拡大されたといっても、湿原面積1.9万ha(1996年調査)のうち半分以下の0.8万ha(7863ha)である。
 また、国立公園の面積は約2万6861haとされている。しかし、その保護区分は次のようになっている。
〈釧路湿原国立公園の保護区分〉
 総面積      2万6861 ha
   特別地域
    特別保護地区   6490 ha(24.2%)
    第1種          1769 ha( 6.6%)
    第2種          3359 ha(12.5%)
    第3種          6765 ha(25.2%)
   普通地域         8478 ha(31.6%)
 ご覧のように、開発規制が強い特別保護地区はわずか4分の1(24.2%)である。保護規制が弱く、開発がほぼ自由になっている「第三種特別地域」(25.2%)や「普通地域」(31.6%)のほうが多いのである。しかも、貴重な野生生物が利用したり生息している4500haもの湿原が国立公園そのものの区域から除外されていると聞く。
 このように湿原のほんの一部しか保護規制されていないことが、釧路湿原の保全で最大の問題である。また、湿原環境に重要な役割を果たしている集水域(釧路湿原の命となる湧き水などを供給する地域全体)が開発野放しとなっていることも、である。


●実態は「開発と破壊だらけの国立公園」

 このことは、たとえば、「NPO法人 トラストサルン釧路」の杉沢拓男事務局長も、「湿原を破壊するもの」(本多勝一編『釧路湿原』朝日文庫、1993年、所収)の中でこう指摘している。
     「釧路湿原の自然は国立公園化後もなお危機のさなかにあり、次々と破壊が進んでいる」「釧路湿原の自然はこの10年、至る所で破壊され続けた。特に、国立公園化されてからの破壊が目立つ。生態系に配慮のない観光開発が新たに本格化している。まるで国立公園化が、湿原の生態系破壊のためにあったかと思えるほどだ。国立公園の第一種特別地区のタンチョウ営巣地内にも、観光目的で木道を貫通させる行政の施策には言葉もない」
     「釧路湿原の『保護』(特別保護地区)がその中央部だけにとどまったのはなぜか。優れた自然と貴重な野生生物の群落があり、繁殖している広大な湿原がなぜ国立公園から除外され、保全されなかったのか。なぜ広大な開発予定地を内包して、国立公園が発足したのか。湿原の“命”である水を供給する丘陵地の多くが、国有地もあるのに国立公園から除かれ、湿原の水が守られていないのはなぜか。釧路湿原で最も豊かな生態系を作る湿原周辺地区(湿原と丘陵が接する湧水地帯とその周辺)が、どうして保護・保全の弱い地区(第三種、普通、公園外)となったのか。釧路湿原と国立公園をめぐる自然の保護を考えた時、生態系保全上の多くの疑問に直面する」
     「開発予定地の残存湿原の大部分は国立公園から除外されるか、開発もほぼ自由な普通地区。観光開発上、利用価値の高い湿原の丘陵地(集水域)も、民有地が多いという理由で大部分は国立公園地区から除外するか、開発可能な普通地区または第三種地区に。ゴルフ場、リゾート開発などが期待できる地区は、湖沼の真上であっても、不自然にそこを避けるよう湾曲させて国立公園から除外して線を引く。このように、自然保護、湿原の生態系保全の立場から見ると『まるでわけがわからない』国立公園の姿ができあがっていった」
     「この十数年、特に国立公園化後の5年、『自然が保護された』はずの釧路湿原を見ていると疑問だらけだ。『自然保護優先の国立公園』として発足したはずなのに、実態は『開発と破壊だらけの国立公園』ではないのか。釧路湿原を見続ける毎日を送る一人としては、耐えきれない気持ちがある。釧路湿原を生態系保全(生物学的多様性を保障できる)の視点から、再度、見直すための議論と行動が必要だと思う」
     「中央部をしっかり保護することに異論はまったくないが、そのために、生態系上、最も豊かで湿原の基盤を作る水源地と周辺部の保全を軽視したとすれば、この国立公園の保護を根本的に見直す必要がある」

 ちなみに、NHKテレビの人気番組「プロジェクトX」は2003年6月17日、「釧路湿原 カムイの鳥舞え」を放映した。(その内容は、日本放送出版協会発行の書籍(NHKプロジェクトX制作班編著『プロジェクトX 挑戦者たち(20) 未踏の地平をめざせ』に収められている)。この番組では、杉沢氏が指摘するような湿原の深刻な実態や問題点はまったくとりあげられなかった。


●保護区域を見直し、規制の網を拡大することが最重要課題

 以上から出てくる結論は、杉沢氏も強調しているように「国立公園の保護区域を根本的に見直す」ことである。
 しかし、「全体構想(案)」は、このことをあまり重視していないように見える。「保護区の設定など、保全策を構築する」とサラッと書かれているだけである。
 そもそも、前述のように、全体構想(案)には釧路湿原国立公園の保護区分を明示した図が掲載されていない。これは、釧路湿原の根本問題をはぐらかすものと疑われても仕方ないであろう。
 つけくわえれば、「全体構想(案)」も、湿原面積の急激な減少が最大の問題であることや、保護指定が湿原の一部にとどまっていることを指摘している。
     「現在直面している最も重要な課題は、湿原面積の急激な減少です。1947年には約2.5万haあった湿原は、1996年の調査では約1.9万ha にまで減少し、この50年間で2割以上も消失しています。この多くは農地や市街地の開発によるものです。流入する河川の周囲に広がっていた湿原はほとんど開拓され、農地に変わってきました」
     「各種の保護指定が湿原範囲にとどまって周辺の丘陵地を十分に含んでいなかったことから、湿原周辺ではゴルフ場造成などのリゾート開発計画が目白押しとなり、危機感を持った住民がナショナルトラスト運動による湿原と周辺丘陵地の環境保全に取り組みました」
     「釧路川流域では、1960年代から都市開発・農地開発が進み、湿原とその周辺部においても、宅地・農地造成、道路整備、河川改修など湿原開発がなされてきました。その結果、湿原面積が直接的に減少したほか、湿原内へ多くの土砂や栄養塩が流入し、ハンノキ林が拡大するなど、質的にも急速に変化してきました」

 しかし、これも簡単な記述にとどまっている。「保護規制区域の狭さが最大の問題」という問題意識とはかなりかけはなれているのである。
 「全体構想(案)」は、「現在直面している最も重要な課題は、湿原面積の急激な減少」ということを書いているのだから、そこからでてくるいちばんの方策は、湿原面積をこれ以上減らさないようにすることである。そのためには、保護規制の区域を根本的に見直し、保護の網を大幅に拡大することである。


●自然再生事業は“マッチポンプ型公共土木事業”に?

 しかし、湿原内では、自然再生事業を推進する行政(北海道開発局釧路開発建設部=釧路開建)などによって、大規模な農地開発がいまも進められている。また、湿原内の広大なワタスゲ群落地なども保護対象外とされ、開発が計画されている。湿原周辺の丘陵地にいたっては大部分が保護対象外なので、このままでは今後も開発が進むのではないだろうか。
 こうした開発を規制できなければ、釧路湿原の自然再生事業は、「自然再生をうたい文句にした新たな公共土木事業」となってしまうのではないか。
 釧路湿原自然再生事業の目玉となっているのは、河川の蛇行事業である。これは、直線化した釧路川5kmのうち1.3kmを元の蛇行した川に戻すというものである。事業費は10億円以上だ。
 その目的は、「湿原環境や自然の川本来の生物生息環境を復元すること」である。しかし、前述のように、蛇行復元事業のすぐ上流の湿原では、同じ釧路開建が、「国営総合農地防災事業」という名の農地開発を進めている。これは湿原に戻りつつある約916haを再び乾燥化させようとするものだ。この事業費は65億円である。
 つまり、6億円をかけて直線化した川を、今度は「湿原の乾燥化を防ぐ」や「自然再生」をうたい文句にしながら10億円以上をかけて元の蛇行に戻すということだ。おまけに、そのすぐ上流では、同じ役所が65億円をかけて湿原を乾燥化させる大規模な農地開発を進めている。
 これでは、「右手で従来型の公共事業、左手で自然再生事業を進め、結果的に公共事業を肥大させるもの」(『朝日新聞』2002.5.16)と言われても仕方ないだろう。
 北海道自然保護協会の小島望理事は、釧路湿原の自然再生事業についてこう述べている。
     「私は、従来通りのやり方で強引に事業を進め自然を破壊する一方で、破壊された自然を再生するという行政の姿勢に矛盾を感じてきた。しかし、どちらも『市民のためにではなく、省益を中心に考えている』という根本からきており、実は矛盾していないことがようやくわかってきた。彼らが求めているのは自然の『再生』ではなく、省益の『最盛』なのである」(「自然再生法の『試金石』 釧路湿原再生事業への疑問」『週刊金曜日』2002年10月18日号)
 杉沢氏(前出)も、シンポジウム「自然再生と市民参加」の報告書(NPO法人トラストサルン釧路発行、2003年)の中で、自然再生事業についてこう指摘している。
     「壊して作り直すというマッチポンプ的な矛盾があります。日本の経済危機の根底にある無駄な公共事業の繰り返しになる可能性もあります」
 環境省は、釧路湿原を自然再生事業の先駆的事業として位置づけている。今後の展開に注目したい。

(2005年1月) 








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