大規模開発の採算性への疑問

〜東京湾アクアラインの交通量予測に関して〜

千葉商科大学教授  竹内壮一



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東京湾横断道路(東京湾アクアライン)



●東京湾横断道路の交通量は見込みの半分以下

 ある新聞記者が書いていた。「東京湾アクアラインを平日の午後8時過ぎに走った。木更津金田インターから『海ほたる』までの約5キロの間、すれ違った車は3台だった。夜間の利用が低いとは聞いてはいたが、驚いた。やはり、高い通行料金がブレーキをかけているのだろうか。」(『朝日新聞』ちば首都圏版「余白」1998年9月27日)
 東京湾横断道路(東京湾アクアライン)が開通して10ヵ月が経過した。9ヵ月目にあたる8月19日から9月18日までの1ヵ月間の1日あたり交通量は9400台、開通直前に急遽修正した想定量2万5000台の37.6%の交通量しかない(当初想定量3万3000台に対しては28.5%)。この1ヵ月間でもっとも多かったの日は1万8000台(9月13日、日曜日)。この日でも予測交通量に7000台足りない。そして予測値の50%である1万2500台を超えた日がわずか6日、いずれも休日である。平日はほとんど1万台以下で、1日の交通量がわずかに4200台という日もあった(9月16日、水曜日)。休日の交通量が多く平日が少ないということは、業務用に走る車が少ないということである。また車種別の交通量が発表されていないので断定はできないが交通量の90%が普通乗用車であるという指摘もあり、建設の目的であった産業用道路としての利用率はきわめて少ないことが推定される。
 しかも、以下に見るように開通時や春の交通量と比較して9ヵ月目に入って交通量が大幅に減少傾向を示しているのである。
 開通直後の1ヵ月(97年12月19日〜98年1月18日)と5ヵ月目(98年4月19日〜5月19日)、そして9ヵ月目(98年8月19日〜9月18日)の1日平均交通量を比較してみることにする。 
 
 
    東京湾アクアライン1日あたりの交通量
                                        単位:台

 

川崎―木更津

川崎―川崎

木更津―川崎

木更津―木更津

 97年12月19日〜
 98年 1月18日

    5700
 

   1300
 

    5800
 

    1100
 

 98年 4月19日〜
     5月19日

    5200
 

    900
 

     5800
 

     600
 

 98年8月19日〜
     9月18日
 

    4000

 

    700

 

    4300

 

      500

 











 
(資料)東京湾アクアライン管理事務所「東京湾アクアライン交通量(速報値)」
(注)川崎―川崎、木更津―木更津は「海ほたる」のUターン
 
 
この表からいえることをまとめると以下のようになる。
  1. 1日平均の通行台数は開通時に比較して5ヶ月目では1500台減少、そして9ヵ月目にはいると、さらに3100台減って9400台となった。最初の1ヵ月と比べると1日4500台(32.4%)も減っている。
  2. 川崎―木更津間交通量は5ヵ月目で500台減、さらに9ヵ月目では1200台減。開通時の1ヵ月に比べると1700台(29.8%)減った。
  3. 木更津―川崎間の交通量は5ヶ月目では唯一減少しなかった。しかし9ヵ月目にはいると、一挙に1500台(25.9%)も減少した。
  4. 川崎側と木更津側あわせて「海ほたる」への交通量は5ヵ月目では900台の減、9ヵ月目にはさらに300台減少した。最初の1ヵ月に比べると1200台、50%減ったことになる。開通後半年で早くも物珍しさが失われてきたのだろうか。
 
 開通直後、日本道路公団は「春から夏になると通行量の飛躍的な増加も期待できる」と話していたが、事態は逆の結果を示したのである。
 
 
●交通量を課題に予測し、建設を強行
 
 ところで、1日あたりの交通量を平均2万5000台に修正したのは開通5ヵ月前の97年7月のことであった。それが9月19日までの累計で1日平均1万1300台、目標値の45.2%の交通量でしかない。半年前に修正予測した数値がまったくあてにならない数値となった。9ヵ月目の交通量は1日平均9400台に低下している。日が経つにつれて交通量は減少傾向を示しているのである。たんに予測が外れたという問題だけではないのではないか。
 1986年、多くの批判をよそに開通当初3万3000台(10年後には1日平均6万5000台の交通量を予測し、上下1車線を増やすことが予定されていた)の交通量が見込めるから横断道路建設は採算が合うということで「東京湾横断道路の建設に関する特別措置法」が成立したのである。
 開通半年前に急遽想定交通量を8000台減らして2万5000台とした。その修正値の4割以下の交通量である。1日平均3万3000台という当初の交通量予測値それ自体が根拠の弱い数値だったのではないか。現状の交通量を見ればそうとしか言いようがない。
 東京湾アクアラインの建設は東京湾岸地域開発の「引き金」の役割を負わされていた。厳密な採算性を考慮した交通量予測にもとづいて建設されたわけではない。採算性よりも建設それ自体を目的とした「数字合わせ」の上に成り立った交通量予測だったのである。 アクアラインの建設それだけを目的にしていた建設推進派は根拠の弱い交通量予測値をはじき出してきた。たとえば1972年に東京湾横断道路研究会(新日鉄を中心に設立されたアクアライン建設推進のための研究機関)は開通時1日7万台の交通量をはじき出している。また76年につくられたアクアライン宣伝用パンフレット「明日に架ける橋」では「予想初期交通量」として1日6万2000台を予測している。これらの数値がいかに現実とかけ離れた数値であったかは現実の交通量が証明した。アクアライン建設それ自体が目的なのであるから、建設による経済効果を過大に見積もる。もちろん経済的に採算がとれることを強調するために過大な交通量を予測することになる。
 こうした根拠の弱い予測値を「根拠」に巨大公共事業、アクアラインの建設が実施に移された。しかし開通間際になって1日平均3万3000台の交通量が現実的なものではないこととが自覚されてきた。
 本四架橋の一つ、瀬戸大橋の交通量は開通以後9年間想定交通量の半分以下であった。道路公団も東京湾横断道路株式会社もアクアラインの交通量1日平均3万3000台は無理だとわかっていた。そこで建設事業費(借入金)の償還期間の10年間延長が認められたことを受けて、40年間の償還に切り替え、想定金利負担を操作し、そうして想定交通量の引き下げをおこなった。その際通行料金が高いという批判をかわし、新たに設定した想定交通量を確保するために開通後の5年間だけ通行料金を引き下げた。普通車の場合は900円引き下げて片道4000円とした(これまで消費税分3%を加えて普通車は5050円と想定されていたので、この金額からすれば1050円の引き下げとなった)。
 
 
●ばく大な債務は、結局は市民の負担に転嫁
 
 巧みに仕組まれた開通直前の操作だったのではないか。過大な想定交通量を「根拠」にしてアクアラインの建設に踏み切らせた。しかし、開通直前になるともともと根拠の弱い数値なので想定交通量の達成は困難であることが自覚される。そこで開通直前にこれまで建設の「根拠」として主張してきた想定値を急遽「ご破算」にして、あらたな想定値を作成してつじつまを合わせた。
 瀬戸大橋などの交通量の状況から、3万3000台の半分、1万8000台ぐらいが現実的な交通量だと「有能な」道路公団の専門家は考えたかもしれない。しかしそれでは3万3000台という当初想定した数値とかけ離れすぎる。実際に通行する自動車量よりも、いったんつくった数値との「整合性」が優先された。40年間の償還という新たな条件をもとにつくり出された想定交通量であった。結局修正した想定交通量も「根拠」の弱い1日あたり8000台減の2万5000台という数字をはじき出して見せたにすぎない。
 おそらくこのあたりが想定通行量の修正と料金改定の本当のところではないのだろうか。 仕組まれた操作だと思う所以である。
 ところで想定交通量の半分以下の交通量という状態が続けば「維持管理費を含めた3兆5000億円を今後40年間の料金収入で回収しなければならない」(『朝日新聞』ちば版、1997年12月17日「開通 東京湾アクアライン」中)という前提条件が崩れ、「横断道路株式会社」が破綻する事態となる。いうまでもなくアクアラインの建設費1兆4823億円を含む総事業費はアクアラインの通行料金で支払われる。交通量が少なければ借入金とその利子は返済されず、債務が累積していくことになる。アクアライン建設主体の東京湾横断道路株式会社は第三セクターとはいうものの事業資金の80%以上を国に依存している。アクアラインの債務も結局は市民の負担に転嫁されるのだろうか。
 開通1年目を控えた東京湾アクアラインの姿である。

(1998年10月)





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